カテゴリー別アーカイブ: 日高山脈

戸蔦別~幌尻岳(千呂露川二岐沢コース) 2019.9.21~9.22

▲ヌカビラ岳~北戸蔦別岳~戸蔦別岳~幌尻岳 2019.9.21~22

メンバー : 丸子、小林、近藤、川原

9/21(土) 晴れ/曇り

6:00日高道の駅発 6:50二岐沢ゲート出発 7:50北電ダム 10:50トッタの泉 12:30ヌカビラ岳 14:00北戸蔦別岳 16:00戸蔦別岳 17:10七つ沼

札幌組と旭川組と、道の駅で合流して車1台に乗りあわせてゲートへ向かいます。
3連休の初日で好天の予報とあって、駐車場にはすでに20台以上の車がところせましと並ぶなか、路肩に駐車して出発。
今回は、ひさしぶりの日高という山岳会同窓メンバーに初心者のわたしがひとり混じったようなパーティで、各々長時間大荷物で歩くことには少々ブランクと不安あり。
北電ダムの登山口までの林道歩きですでに「こののぼりがきつい..笑」などの声も…
ゆっくり無理せずをモットーとした山行です。

北電ダム~トッタの泉の沢

 

トッタの泉~ヌカビラ岳ののぼり

沢の渡渉がつづく一帯は、植物が大きく育ち、不思議な雰囲気の植生でした。沢の水量が多くなかったので渡渉の危険はなし。
沢をはなれてからはじまるヌカビラ岳までの急登は、
多くの登山者に出会って、にぎやかでたのしいのぼりでしたが、
経験したことのない急登つづきでかなり怯えました。
七つ沼の水が枯れていると聞いたため、トッタの泉で各々水を追加。
体をふるいたたせて進みます。

岩稜帯をのぼりきってヌカビラ岳に登頂したときは歓喜、するには疲れすぎていたけれど、登りきれたことが感慨深かったです。
山頂付近でピクニックをするグループもいて、のどかな憩いの雰囲気のなか
後続のふたりを待つという名目で、山頂で30分ものんびりしてしまいました。
この幌尻岳の数多くの沢を内包する独特の山容と、日高の山々のうねりをぞんぶんに眺めることができて、日高を満喫するひとときでした。

 

ヌカビラ岳山頂

 

紅葉と幌尻岳をのぞむ

戸蔦別岳をのぞむ

 

幌尻岳をのぞむ

すこしづつ歩をすすめ北戸蔦別岳。

北戸蔦別岳

北戸蔦別岳からヌカビラ岳方面をのぞむ

七つ沼の水が枯れる秋のこの時期は、ヌカビラ岳~北戸蔦別岳のあいだで幕営して、身軽になって幌尻へアタックするというスタイルが主流のようでした。七つ沼まで大荷物を背負ってあるく人は少なかったですが、もう大方がテントを張り終えているえているそのテン場を後にし、はるか先のわれらの目的地をめざします。

稜線にでてからは徐々に夕方のおだやかな気配に。

北戸蔦別岳~戸蔦別岳

ハイマツを漕いでようやく辿りついたと思えた戸蔦別岳山頂では、西の山塊からふきあがってくる雲の世界に圧倒されました。360度、違う様相。こちらは夕陽に照らされた山並み、あちらには遠くどこかの町の太平洋の湾。まるで別世界にきたような気持ちでした。
ようやく七つ沼が眼下にあらわれて、歓喜。

 

七つ沼

当初の計画より2時間遅れてうす暗くなりかけた17時ごろ七つ沼に到着。
もう、ほんとうに一歩も動けないというほどへとへとでした。

近藤さんがてきぱきとつくってくださったおいしい晩御飯をいただき、
ロキソニンを足の裏に塗り、足の疲労を回復させるという小林さんの秘技を全員で実施しました。

テント内で天気予報と個々人の体力を相談し合って、
当初の、翌朝幌尻岳へアタックしてもう一泊山泊してから下山する計画を断念し、幌尻は踏まずそのまま翌日に下山することを決めました。
やはり憧れの幌尻をすぐ目の前にして撤退するのは悔しい気持ちもしましたが、諦める勇気をもてたことが、登山者として一人前だったのだと思うことができます。

七つ沼で紅葉をゆっくりたのしむことは、到着時も出発時もやはりうす暗くてかなわなかったですが夜は満天の星空で、わたしたちを含めたった3組しか幕営していない七つ沼は、静かで、下界からはかけはなれていて、まるで日高の山の両手につつまれて眠るようでした。

 

 

9/22 曇り

5:30七つ沼出発 6:00稜線上 8:40北戸蔦別岳 9:20ヌカビラ岳 10:45トッタの泉 14:30北電ダム 16:10登山口ゲート着

翌朝は曇り。ガスが濃く風も強いなかを歩き始め。
稜線上にでてすぐ、稜線上で一晩ビバークした登山者がいて低体温症で動けないでいるとの情報を聞いたため、救助の準備を頭の中で組み立てながら先をいそぎました。
他の登山者の方もみな、情報を聞いて心配しながら歩いていたと思います。

その男性は、結局は通りがかった方々の介抱によってなんとか動けるようになり、自力で歩いてテントまで戻ることができたそうです。
状況を聞くほどにほんとうに無事でなによりで、寒い夜をひとり生きのびたことには感動しましたが、その男性とテン場で実際にはなしをして、軽装登山とは、必要最低限の装備と知識とは、自己判断とは、一緒に登る仲間とは…といろいろと考え、反省が必要な出来事でした。

 

北戸蔦別岳

ヌカビラ岳~下山中

ヌカビラ岳まで順調に歩いたのち、急な下りのつづくヌカビラ岳からの下山で一気にタイムが落ちているのは、膝に不調がでたわたしが足をひっぱってしまったためです。
みんなで荷物を分担していただいたり励ましていただいたりととても心強く、また途中丸子さんの「ファイト一発!」もいただいて、さいごまで歩ききることができました。

旭川近郊の山々とは様相のちがう、大地の歴史にふれるような、人の生活からとおくはなれた山深い日高の山のなかを歩くことができておおきな経験でした。

体力をつけてかならずまた来よう。

この機会を作ってくださった丸子さん小林さん近藤さんの同窓メンバーに感謝です。

(川原)

 

ペテガリ岳西尾根 2019.9.14~16

ペテガリ岳西尾根 2019.9.14~16
佐藤(あ)、宇野(ふ)

9/14 曇り/弱雨
9:00芽室町発 13:00元浦川林道駐車帯 14:25ベッピリガイ乗越 16:10ペテガリ山荘着
登山靴でのアプローチ。沢靴は不要。翌日が本番なので、努めてゆっくり歩く。ピンテが要所についていた。
ペテガリ山荘は15名ほどの宿泊。薪ストーブが焚かれ、水道・トイレ(トイレットペーパーまで!)・テーブル・布団などがあり、本州の山小屋のようだと興奮する。こんな山奥まで管理しに来ていただいている方々に多謝。

 

9/15 曇り/弱雨
3:00起床 4:20山荘発 6:00Co1293 10:00ペテガリ岳~11:00下山開始 13:25Co1293 15:10山荘着
ヘッデンで歩き出し。明るくなってもガスは濃く、雨が降ったりやんだり。ササは少し伸びている程度。黙々と歩いた甲斐あり、覚悟していた500mの登りもあっという間でピーク着。ガスが少しずつ取れてきて、中部日高らしいヤセ尾根のうねりが見え、美しい神威岳を見ることができ嬉しかった。ルベツネ、ヤオロはわからなかった。1時間休憩し下山。振り返ると強烈な西尾根が聳えていた。登るとき見えてなくて良かったと思った。春にここを登るとき、ここの雪がシュガースノーだったら?と考えると具合が悪くなった。少し進んで、また振り返ると、カムエク崖尾根を彷彿させるような猛烈なポコを越えてきたこともわかった。テンバもいくつか確認。地味なアップダウンがボディーブローのように効いた。帰りも雨に降られた。
山荘に着くと、薪ストーブが焚かれており、濡れた靴や服を乾かすことができ有り難かった。夜はイビキの三重奏で2時から起きていた。小屋泊のときは耳栓を必須アイテムに加えたい。



9/16 曇り
4:00起床 5:50山荘発 7:35ベッピリガイ乗越 8:40駐車帯着
ニシュオマナイ川で洗濯し帰着。春はコイカク→ペテガリでがんばろう。ペテガリ山荘で安着の祝杯を上げよう。

伏美岳~1967峰~戸蔦別岳縦走 2019.8.13‐15

伏美岳~ピパイロ岳~1967峰~北戸蔦別岳~戸蔦別岳~糠平岳 2019.8.13~15
佐藤(亮)、(あ) 

【8/13 晴れ】
4:00東川町発 6:50日高町チロロ林道に車デポ、芽室町へ移動 9:35芽室町トムラウシ沢林道入口に車デポ、7.4km林道歩き開始 11:50伏美小屋着 12:15小屋発 15:45伏美岳 17:45Co1542mコルC1着 

1967峰~北戸蔦別岳を繋ぐためと、戸蔦別岳~神威岳の偵察のため計画した。
チロロ林道は20台以上の車(ほとんどレンタカー)があり、路肩に駐車した。伏美も混んでるかと心配になったが、先客はいなかった。トムラウシ沢林道は工事中で、壊滅的という印象はないが、開通は当分無理そう。伏美小屋の薪は0だったが、中は大事に使われているようで綺麗だった。
小屋の沢で水を2人で12ℓ以上汲んで出発。ササは気にならない程度の伸びだが、暑さで2.5ℓを飲み干してしまった。稜線はガスの中で、予定より時間がかかり霧雨の中、C1着。山と高原地図にはテント3張りと書いてあるが、1張りしか張れそうにない。シュラフも要らないほど気温が高い。

トムラウシ沢林道

 

伏美小屋

 

7合目


伏美岳

 

1542mのコル

【8/14 晴れ、午後からガス 無風】
4:00起床 6:00C1発 7:55ピパイロ岳 10:20 1967峰 14:00北戸蔦別岳 15:40戸蔦別岳 16:30七つ沼カールC2着

北日高が一望出来る晴れた朝。中部より以南は雲で見えない。伏美とピパイロ間は、1月に来たときもブッシュが酷かった記憶があるが、よくこんなところ初めてのスキーで歩いたなーと感心するほどハンノキがうるさい。ピパイロを越えると、だんだんハイマツが濃くなり、手でハイマツをこじ開けないと前に進めず消耗する。デカザックだと非常に歩きにくい。1967峰直下はお花畑とクマの掘り返し地帯、ピークを越えると、カッコいい岩稜帯やロックガーデンの休憩スペースみたいなところがあり、景色が変わって楽しいが、暑さとハイマツ地獄で、雪の日高が恋しくなる。ザックやズボンが破れ、マツヤニで真っ黒になった。打ち身で足も痛い。北戸蔦別岳で、はじめての登山者に会う。昨日は混んでいたそうだが、今日は人がいない。北戸蔦から先は高速道路を歩いているように快適だった。戸蔦別岳カールには、ナガバキタアザミ、ミヤマアキノキリンソウが満開で、涙腺ヨワヨワ。さっきまでのハイマツ地獄からの天国で緩急が凄い。伏美から入ってよかった。戸蔦別岳から神威岳は濃いハイマツの海が続いていて、踏み跡もほとんどなく、とても無積雪期には歩こうと言う気は起きなかった。七つ沼カールは貸し切りで、湧き水をたくさん汲んで脱水状態を回復させる。外で炊事ができるほど今日も暖かい。

バックは妙敷岳


北日高一望


 ピパイロ


幌尻岳


カムエク


1967峰


ピーク



冬は怖そうな岩稜帯


トッタベツカール


戸蔦別岳


七つ沼カールの水


貸し切りのカール

【8/15 ガスのち晴れ、下山したら雨】
4:00起床 6:30C2発 7:30戸蔦別岳 9:15北戸蔦別岳 10:10糠平岳 10:55トッタの泉 12:45ダム、3.6km林道歩き 13:40取水口着

カール発。幌尻岳は雲の中。翌日から台風10号で荒れそうなので、幌尻岳は諦め、今日中に下山することにした。戸蔦別岳では、猛禽が急降下しナキウサギを狙っている貴重な場面が見れた。糠平岳から沢に下りる登山道が荒廃し痛んでいる。沢はピンテがいっぱいついていたので全部巻き道で歩けた。林道に着いたら夫は走って先に行ってしまった。満車だった取水口の車は2台に減っていた。二人共通の感想は逆周りだとハイマツの濃さや水の補給を考えると後半大変なので、今回のコースで行って良かった。ピパイロのコルの水場を見に行く元気はなかった。戸蔦別-神威は長いが繋げれそうだったので、雪のある時に是非レディースで実現させたい。ピパイロ―芽室間は遠すぎて手が出せないように感じた。

カール発

 

十勝幌尻岳~札内岳~エサオマントッタベツ岳~神威岳 2019.3.14~3.18

十勝幌尻岳~札内岳~エサオマントッタベツ岳~神威岳 2019.3.14~3.18

L宇野(ふ)、佐藤(あ)

3月14日 7:00芽室町直売所集合 8:15戸蔦別林道最終民家前発 9:27オピリネップ林道尾根取付き 16:00C1600mC1着
3月15日 3:45起床 5:45 C1発 7:30十勝幌尻岳 17:00札内岳直下C1700mC2着
3月16日 3:30起床 5:30 C2発 7:50札内岳 16:00エサオマントッタベツ岳 16:45C1750mC3着
3月17日 3:30起床 5:50C3発 15:00神威岳北東尾根 18:15C1000mC4着
3月18日 3:30起床 5:45C4発 8:00戸蔦別林道 11:30トッタベツヒュッテ 13:10戸蔦別林道最終民家着

1日目
つぼ足で最終民家前の駐車場発。少し歩くと、私達が計画している同行程を終えて下山中の北大山岳部6人とすれ違い、この先の林道情報を教えてもらう(彼らは3日行動・2日停滞したそう)。戸蔦別林道は荒れておらず、戸蔦別橋は落ちているがスノーブリッジで渡れたと聞き安心する。また、オピリネップ林道までの3.5kmの林道は綺麗に治っておりサクサクと歩けた。オピリネップ林道に到着し、スノーシューを履き、尾根の末端から取り付いたが、3,4日前の低気圧でドカンと降ったらしく、膝ラッセルとなる。ササの上の雪は結合力が全くなく、足を踏み込むと雪はパサパサと崩れ、斜度が上がらず消耗する。時間がどんどん押していき、今日中のカチポロ越えは絶望的。C1,500mからの斜度が一層きつく空荷でラッセルしたが、100m標高を上げるのに1時間もかかってしまった。C1,600mの平らになったところで雪庇を下りて整地し、16時C1設営開始。疲れ果てて2人とも食欲がない。今日中にカチポロを越えられなかったので、明日は早起き・早出と誓う。
 

2日目
昨夜の誓いも空しく、2時に目覚ましをかけたはずが鳴らずなんと3時半過ぎに起床。急いで用意をして、カチポロを目指す。雪が安定してきて、ラッセルがありながらも、サクサクとピーク着。進退を相談するが、今日は1日好天予報で、札内岳が凄く近く見えたこと、この先の稜線はラッセルはないと目論み進むことにしたが大誤算だった。
雪庇を踏み抜かないよう樹林帯に逃げるが、ブッシュもうるさい上にラッセルも酷い。天気も下り坂で雪が降ってくる。札内岳手前の最低コルC1500mまで到着。2人ともまだ元気で、目の前の札内岳は超えれそうだと共通認識があったので14時400mの登り返しに取りついたが、下の雪は安定していたものの、高度を上げていくと雪質が変わり足下の雪は崩れ、標高を上がれない。なんとかC1,700mまで頑張ったが、暗くなり雪も本降りになってきてこの調子だと札内岳を越えC2を設営出来るのは19時を過ぎるだろうと判断し、17時その場で斜面を切り崩してC2設営開始。すぐに木が出てきてしまったので、斜面側は空中に浮いた状態で悲しいテンバが出来上がる。転がって落ちていかないよう木にしっかり固定。2人とも食欲はない。
  
 

3日目
5時半、明るくなるのを待ち、空荷でトレースを付けに上がる。少し登ると雪が安定してきたので、荷物を背負ってピークへ向かう。斜度がきつくなったので直下でアイゼンに履き替えたが、雪に潜りながら雪の札内岳着。エサオマンが近づき嬉しくなるが、札内岳~札内JP間の雪が一番深く腰まで潜り、しかも天気も悪くなる中、頑張って歩く。途中に一か所細い岩稜帯があったが、なんてことはなく通過でき安心した。雪の状態も定まらず、ふいに固くなるのでアイゼンに履き替えたり、またすぐ雪が深くなりスノーシューに戻したりで時間が無情に過ぎる。近いと思っていたJPが猛烈に遠く、GPSでJPをもう通り過ぎているんじゃないかと何度も確認したほど。精神的にここが正念場だった。エサオマンの登りに入ると、やっとラッセルから解放され、バリズボの中アイゼンで風雪のエサオマンに着。既に薄暗くなり始めているので、そそくさとピークを去り、標高を下げC3としたかったが、視界もなかったため主稜線から外れてしまい、西側の斜面を100mほど腰まで潜りながら下りてしまった。明日の朝、軌道修正するため、17時前C1,700mの急斜面を削り、またしても斜面側が空中に浮いた状態のテンバが完成。2人とも食欲がない。
 
 

4日目
5時半、明るくなるのを待って出発。しっかりと戻るべき尾根を確認でき、スコップで除雪しながら空荷で樹林を繋ぎトラバースし、主稜線に合流。強風予報だったけど、なんと微風で今山行一番の快晴となった。昨日何にも見えなかったエサオマンが見え、素敵だった。ここまで来ると、神威岳に向かうだけなので緊張も解け、無心で腰ラッセルで進む。途中で水が切れたため、水作りを1時間程しながら休憩し、神威JPに向かうが、まるで北東尾根が逃げていくように距離が縮まらない。天気がいいのだけが幸い。本来であればとっくに下山してる時間なのに、神威JPに着いたのが15時。頑張れば今日の夜中には下山出来るかもしれないが、2人とも疲れ切っているので、戸蔦別林道をC4にし、明日の早朝に下山することに変更。その場で家族や会社に連絡を入れ、下山が1日遅れることを伝える。急ぐ必要がなくなり、気がラクになるが、JPから北東尾根に下りるのに、尾根の末端と雪庇の境目がわからず、すぐ下にあるはずの北東尾根が見おろせず、ビビりすぎてしばし右往左往。でも下りるしかないので、腹を据えてコンパスを便りに尾根の末端に近づくと、真下に北東尾根が見え拍子抜け。今山行一番緊張した場面だった。視界がないときは降り口を間違えて雪庇を踏み抜くかもと思うとゾッとする。北東尾根も雪庇が張り出し、踏み抜きやルートロスしないよう慎重にしていたはずが、やはり東側に下りすぎてしまい、気付いた頃には連日同様、暗闇の人となった。またしても軌道修正は明日に持ち越し、C1000m付近で斜面を掘りC4設営。2日ぶりにテントの四隅が地面に着き、平らな寝床となりささやかな喜びを噛みしめた。水を先に作り終えてから、幸か不幸か山行中、2人とも連日のオーバーワークで食欲がなかったため、余し気味だった白米をかき集めると1.5号にもなり、残った天かす・大豆ミート・寿司のこ等の食材を全部ご飯に混ぜ、ごちそうだと言いながら2人で完食した。ガス節約のため汁はなし。

 
 

5日目
残りのわずかなガスでお湯を作り、非常食のアルファ米を半分ずつし、スープで体を温めたころ、ガスもちょうどなくなった。今日も青空が広がる下、出発。水平トラバースで北東尾根に合流。なんでこんな顕著な尾根を見逃したのか??と不思議。戸蔦別林道に着いたときは嬉しかった。ただし、ここから13kmの林道歩きがあり、気が抜けないので、ラッセルを交代しながら歩く。林道は5箇所くらい道の流失と、戸蔦別橋がなくなっていたがスノーブリッジを繋いだ以外は平常だった。トッタベツヒュッテに着き、川から水を汲み一息いれる。雪解けの冷水に生き返った。林道はヒグマの足跡がたくさんあり、今にもバッタリ出くわしそうだったので、笛を吹きまくり疲れも忘れて最終民家まで走るように爆進。13時過ぎ、最終民家前の駐車場に着くと、家の方が出てきて、ねぎらいの言葉をかけてくださった。次は稜線にテントを張って、景色を楽しむ余裕を持ちたい。
最終民家の方によると、オピリネップ林道までは3月中で工事の完成検査が終わるため、それが終わればGWまでには通れる予定で、オピリネップ林道から奥の戸蔦別林道の工事は不明だそう。
 

1839峰 2019.1.4~1.7

1839峰 2019.1.4~1.7

CL李家、SL・朝食担 佐藤(亮)、シェフ志水、菅原、宇野(吉)、佐藤(あ)、星野(千)、他1

1月4日(金) 9:30ダム横駐車帯発 10:55札内ヒュッテ 13:20二俣出合着~C1設営
1月5日(土) 6:30C1発 10:40Co1300 12:30岩稜帯 13:30夏尾根頭着~C2設営
1月6日(日) 6:50C2発 9:35ヤオロマップ岳 12:15C2・3着 
1月7日(月) 6:45C2.3発 11:45札内ヒュッテ 12:50ダム横駐車帯着 

昨年の9月28日、札幌で山野井康史さんの講演会があり、5人の隊員が集まった。講演会後には”つる”で懇親会。その時に、次の冬のまつりは孤高の鋭鋒〝ザンク″はどうか?と盛り上がり開催が決定した。
志水シェフの食テーマは「だし(出汁)」。

1月4日(金)
ダム横に駐車。去年のカムエク崖尾根に引き続き、トンネル歩きからスタート。去年は雪が深くトンネルとトンネルの間はスノーシューを付けたり外したりで忙しかったが、今年は雪が少ないのでつぼ足で行けた。真っ暗闇のトンネルも、アスリート軍団は闘牛のように突進している。赤いウエアが赤いハンカチ代わりになっている説浮上。志水先生のザックは27kgだそう、たくさんの調味料が入っている。 心配した沢の徒渉も事前に宇野さんに偵察に行ってもらった情報の通り、コイカクシュサツナイ沢は渇水状態、積雪も足首程度で初日は全行程つぼ足となった。登山口までは計画より遅れ気味だったが、コイカク川に入ってからは前回モード、アスリート軍団が物凄い勢いでラッセルしてくれ、予定の2時間近く早くC1予定地、二股出合着。時間が早いので、1300mまで上がる案も出たが、これから上がっても8人分の水作りに時間がかかるため、沢から水がくめるここをC1とし、テントを2つ設営。
だし:1日目:志水シェフは脱水気味の隊員を気遣い、昆布でだしを取ったお湯を一人一杯ずつ飲ませてくれ、だしを取ったものでタスマニア牛のしゃぶしゃぶ、次に「舞妓はんヒーヒー鍋2019(ホルモン・ニラ・キャベツ・舞妓はんヒーヒーラー油入り)」と9号の米。山で二段階の夕食なんて贅沢過ぎる。1年ぶりで大変盛り上がる宴。

1月5日(土)
主稜線に突き上げるまで7時間あまり、バカ尾根と格闘し続ける1日となった。笹の上に支持力の全くない雪、いわゆるシュガースノーが乗っかっており、とにかく足場は決まらない。アリ地獄状態に苦しめられた。スノーシューの刃は食い込まず、一歩進んで三歩ずり落ちる。ブッシュを掴み、もがき苦しみながらなんとか登り、ふくらはぎも二の腕も悲鳴を上げてくる。おまけに下部は気温が高く、脱水にも苦しめられた。そんな中、ラッセルが生きがいのアスリート軍団は興奮しながら胸ラッセルに向かっている。そして、すごい突破力で次々と難所をクリアしていく。徐々に尾根が顕著になり、風が強く出てくる。夏にフィックスロープが張っている岩稜帯手前でアイゼン装着、岩稜帯は少し右から慎重に登り、夏尾根頭に出ると「待ってました!」と言わんばかりの烈風。これが日高だ、と不謹慎ながら嬉しくなる。曇で景色はほとんど見えない。雪庇は小さく、これ以上進んでも雪洞は掘れなさそうなので、夏尾根頭から少し下りたところをC2としテントを設営、今日から二泊するので頑丈なブロックを積んだ。
だし2日目:椎茸でだしを取り、一人一杯ずつだし汁を飲んで水分補給。大きな鶏もも肉のタンドリーチキンと黒千石とキヌアの炊き込みご飯。タンドリーチキンはガラムマサラで味付けされていて辛旨~。リーダーは汗が噴き出て食べれない。楽しい宴。明日の天気は終日強風予報。夜のうちに30cm程の積雪。

1月6日(日)
物凄い風の音と寒さで眠れない夜だった。風でテントが揺さぶられる度に、水滴が顔に降り注ぎ冷たい。強風の中、スノーシューで出発。楽しすぎた昨夜の代償(二日酔い)でただでさえ大変な行程なのに自ら負荷をかけてしまう。尾根が細いので、風の息を縫って慎重に歩く。大きなアップダウンはないが、落ちたら助からないなーという場所が数カ所、スノーシュー幅の細い場所もありスリリング。烈風のヤオロに到着し進退を相談。風は13時がピークとなり、それからも弱まる予報ではない。時間の余裕もないため、ヤオロからザンク側に少し進み、みんなで村岡さんにご挨拶をして引き返す。稜線はブリザードが吹き付け、冷凍人間となる。ヒラヒラになってテンバに戻り、夜を安全に過ごすため入念にブロックを再補強。顔面凍傷者多数。
最終夜のだし:鰹節。その中に、味噌とすり胡麻一袋を入れたお汁と、サンマと銀杏の炊き込みご飯(いくらをトッピング)9号。入山3日目、疲れが溜まっている中で、この純和風の食事は感動した。全員お腹いっぱいだと言うけど、志水先生から実はこれも作る予定だった、と大きなカマンベールチーズ2個やお好み焼きの材料など次々食材が出てきて、結局ほとんど食べ・呑み尽した。宇野さんからはコッヘルに入れられたシフォンケーキ(去年はつぶれてしまったので大事に持ってきてくれた)にホイップクリームをしぼり、みんなで子供のように食べた。話は尽きない。明日の天気予報は終日晴れ、風も弱い予報。

1月7日(月)
-25℃、寒さで全員寝不足の朝。昨日の学習をせず、そんなに呑んだ記憶はないのに、今朝も二日酔いで朝ご飯が食べられない。一足先にテントを出たリーダーの「山見え始めてるわ」の声に、急いでパッキングし外に出る。モルゲンロートに輝く美しいザンク、ペテガリ、「これぞ日高」という細い稜線がどこまでも見えて胸が詰まる。景色を見ながら撤収作業。今日がアタック日だったら・・・。東側の斜面のハンノキの枝が一面赤く染まり、忘れがたい光景を頭に焼き付けさせてくれた。後ろ髪引かれまくりでこのまま日高の亡霊になりそうだった、アイゼンを履いて下山。夏尾根頭でたくさん写真を撮り、岩稜帯はフィックスロープを使い慎重に下りる。樹林帯まで下りると、つぼ足となりアスリート軍団は闘牛に戻り下山突進。足を車輪のように一生懸命動かすが、闘牛達の姿はいつの間にか見えなくなった。最後まで個性・元気が過ぎるヤセ尾根隊員であった。沢に降りてもみんなが物凄い速さで歩いていく。あっという間にダムに着くことができた。予定より1時間早く下山し、嵐山で入浴し解散。
たくさんのお酒とおいしいご飯を背負って、行きたいと思う山に行けること。仲間に恵まれて幸せです。

1月4日
 
 

1月5日
 
 
 

1月6日
 
 
 

1月7日
 
 
 
 

北戸蔦別岳 2018.11.2~11.3

北戸蔦別岳 2018.11.2~11.3
L佐藤(あ)、宇野(ふ)

6:10日高高原荘集合 7:53登山口発 12:13トッタの泉 14:15糠平岳~C1設営
6:00起床 8:15C1撤収 8:55北戸蔦別岳 9:50糠平岳 11:07トッタの泉 13:58登山口

待望のチロロ林道が開いた!ただし、10月以降はゲートにダイヤルキーがついているので、事前に森林管理署に鍵番号を確認すること・・・。11月中旬には林道は完全に閉鎖になるので、行くなら今だ!今年は雪が遅いので、稜線にうっすら積雪がある程度だろうと、雪に対応した装備は軽アイゼンしか持たなかった。が、11月に入ってこんなお粗末な装備で良いわけがない、と歩き始めて早々に気付くが時既に遅し・・・。
二股を過ぎた頃、雪が出てくる。こんなところから雪?嫌な予感は的中、ガスが取れて稜線を見上げると、真っ白な糠平岳が覆い被さるようにして見えた。山は真冬だった。こんな装備だと幌尻岳どころか糠平岳に行くのも怪しい…二人ともテンションはガタ落ち、雪の登山道を軽アイゼンをつけて辿る。夏靴が染みてくるのも時間の問題だな・・・。トッタの泉はチョロチョロ水が出ていた(朝晩は凍ってそう)。
糠平岳直下100mからは、雪がついたハンノキが登山道を覆うトンネルになっていて、それを漕いで行くと氷水に濡れて全身ビショビショ。行けども行けども景色が変わらず気持ちが折れそうになる。交代で四つん這いでトンネルをくぐったり、息も絶え絶え、予定時間を2時間以上過ぎてなんとか稜線に出ると案の定、わかりきってたことだけど、今までの苦労が全部吹っ飛んだ!!!待望の日高。幌尻岳の大きな北カール、美しく突きん出た戸蔦別岳。毎日日高のこと考えてた。雪が被った山は美しく、やっとこの季節が来たと嬉しさが込み上げる。感動に浸りつつも、翌朝の雪の状態が心配なので今のうちにトッタの泉まで降りる案も出たが、またとない恵まれた天気の中、稜線から立ち去るのが名残惜しくて糠平岳を越えたところをC1にした。雪は腐ってから降りればいい。
晩ご飯は吉彦さんが先週撃ったシカがゴロゴロ入ったシチューを頂く。栄養満点でお店のような味で絶品だった。18時過ぎ就寝、カイロ三つ+冬用シュラフに入るが、寒くて目がランランとしてきて眠れず焦る。19時を過ぎて、ふみさんに声をかけてみるとふみさんも寒くて寝れないようで、いったん起きてお茶タイム。20時を過ぎて、試しに二人で一つのシュラフに入り、もう一つのシュラフを掛け布団代わりにしてみたら、暖かくて即寝落ち。狭いけど、寒くて寝れないよりは全然マシ。二人とも朝までぐっすり寝れた。これからはこのスタイルか~?
6時起床、雪が緩んでから、北戸蔦別岳まで行ってみることにする。ハンノキの藪漕ぎはすぐに終わり、巻き道と登山道を越え、ニセピークだと思ってたのは本ピークで、あっという間に頂上に着いた。戸蔦別岳のとんがりが大きくて、カムエクや中部日高が見えない。チロロの雪はだいぶ溶けている。戸蔦別の岩場、冬はどうなってるんだ??次は何処を繋げようか?と話は尽きない。羊蹄山も見えた。心配していた下りは雪が腐っていたので、一気に登山道を駆け下り、夏より楽だった。陽が差さない沢は、石が半凍りで危ない。結局、夏靴は最後まで染みてこなかった。この時期、幌尻岳までは日数を増やさないと無理だ。次はアイゼン・ピッケルでリベンジだ!!


↑パノラマ写真、クリックしてご覧ください。

野塚岳~十勝岳~楽古岳縦走 2018.4.29~30

メンバー:宇野(吉)、宇野(ふ)、佐藤(あ)
タイム :
4/28 18:30大樹町セーコーマート集合 20:00楽古山荘2.5km手前に車デポ 21:00野塚峠C0設営
4/29 5:00起床 6:40 C0発 10:50野塚岳 13:30オムシャヌプリ 15:45 C1設営
4/30 3:30起床 5:30C1発 7:00十勝岳 10:45楽古岳 13:00登山道終わり 14:35楽古山荘 15:30車デポ地着

4/28 楽古山荘手前2.5kmまで車がはいれたが、車が雪に埋まり、暗闇の中、牽引したりする。野塚峠駐車場へ向い、C0設営。私たちの他に車が2台あった。

4/29 起きると、車が6,7台に増えていた。全パーティ、トヨニ・ピリカ方面へ向かったらしい。快晴の中、出発。アプローチを野塚岳までダイレクトに行ける東尾根か西尾根か迷ったが、東尾根は雪がない可能性もあるため、西尾根から取りついた。稜線に出てすぐ高度感がある岩稜帯を超える。慎重に歩きながら「これが日高だった!!」と忘れていた記憶が呼び戻されたが、それ以降は岩稜帯はなく雪の廊下で快適に歩き、最後ハイマツとブッシュをかき分けて野塚岳着。PM2.5の影響で空がかすんでいるが、ピリカと神威岳が見えた。野塚からオムシャの稜線は雪が切れている部分もあり、シカ道、踏み跡、藪漕ぎ、雪のトラバースとなった。日高側からの強風に煽られながらオムシャ手前の岩場を乗り越えていくのはとても消耗した。十勝岳を越えたかったが時間切れとなり、オムシャと十勝岳のコルをC1にし、強風だったのでブロックを積んだ。明日一日で辿り着くだろうか?と心配になるほど、楽古岳は遥か遠くに見えた。晩はふみさんが用意してくれたビビンバと野菜スープで満たされた。

4/30 1人餅三個入りラーメンを食べて出発。今日も天気が良いが西風が強い。十勝岳まで雪を繋いで一気に登る。十勝岳から先は雪の廊下になっているのが見えて一安心。楽古肩まで辿り着いて、見上げた最後の急登に目がくらみ、アイゼンを蹴り込んで上がった。強風の楽古ピーク着。南には日高山脈の末端までの長い稜線が続いていた。ここからえりも岬は遠い・・・。夏道沿いに下山し、C1,000m位から登山道が出ていて一気に下りる。あとは車デポ地点まで平行移動のみと思っていたが、沢が大規模な雪崩で荒れ果てて、徒渉や巻き道などで計画より時間がかかった。林道も雪崩による倒木や道の崩壊で、車は楽古山荘まで入ることはしばらく無理だろう。

日勝峠~ペケレベツ岳~芽室岳 2018.3.17~18

日勝峠~ペケレベツ岳~芽室岳 2018.3.17~18
L宇野(ふ)、佐藤(あ)
3/16 19:00御影セイコーマート集合 20:20芽室小屋手前250m林道に車デポ 21:00日勝峠C0
3/17 5:00起床 7:00出発 11:00ペケレベツ岳 15:00ウエンザル岳C1設営
3/18 4:30起床 6:30出発 10:20パンケヌーシ岳 11:50芽室岳 14:30芽室小屋 15:20林道車デポ地到着~日勝峠に車回収へ

16日19時、緊張の面持ちで集合。配車の途中、私の軽自動車が林道の溝にハマり、真っ暗闇で傾いた車を見て「(始まる前から)終わった!!」と思ったがなんとか事なきを得た。前途多難な気がして暗い気持ちで日勝峠でC0設営。星が瞬いていた。

17日、日勝峠PのC0で、一人餅3個入りラーメンを食べ、スノーシューで出発。青空が広がっているが風が強い。雪がしまっているのでラッセルはなし。C1343mを越えてアイゼンに履き替える。いつの間にか曇っていて稜線に上がっても日高の山並みは見えない。小雪がちらつくペケレベツに11時に到着。晴れ予報だったのに~。計画ではC1654m(幌内分岐)をC1としたかったが、時間的に今日の到着は諦め、出来るだけ進んでC1にする。そうすると快適なテンバ探しに集中。ペケレベツから先は立派な雪庇が張り出していたので半雪洞にしたかったが、数日前に降った雨が固く凍り、スコップでは刃が立たなかったので(スノーソーが必要だった)、疲れた体にむちを打ってウエンザル岳を越え、吹きだまりを整地しC1。二人用テントは狭くて不便だけど山っぽくてテンションがあがる。餃子たっぷりキムチ鍋、〆は生うどんを投入。ふみさんに軽量化するんじゃなかったの、と言われるが、山での食事は妥協しないことをS先生に教わった。座ってるのが苦しいくらい満腹になって20時就寝。

18日、一人餅3個入りラーメンを食べ出発。予感は的中で、昨日より視界もなく、風が強い。がっかりだ。朝から100~200mの地味~なアップダウンを繰り返す。C1予定だった幌内分岐はテントを張れるような場所はなかったので、昨日の場所をC1にして正解だった。広葉樹の明るい尾根を300m下ったら、パンケヌーシの400mの登り返し。尾根は広いし、特に危険なところもないけど、天気は良くない上に、このえげつないアップダウンが心身共にダメージを与えてくる。パンケヌーシ手前は特に風が強かったが、3月なので寒いといっても真冬ほどではない。ここまで来ると終わりが近づいてきたので張り詰めていた緊張もほぐれ出す。頑張って登ったパンケヌーシからまた300m下る。私たちの気持ちを映したかのように、雲がぐんぐん取れてきて、風が強いけど、一気に晴れ渡った。芽室岳に着くと360度の展望があり、チロロ岳を確認。今の私たちだとあと何泊必要だろうか。中部日高のゾクゾクするような細い尾根が見たかったけど雲で見えなかった。日勝峠がもんのすごい遠くに見え、お互いを讃え合う。ピークは10分ほどの滞在で下る。芽室岳コルからの1000mの下りは覚悟はしていたけど、頭が痺れそうなくらい長くてうんざりした。ここはスキーが使いたかった。芽室小屋は二年前の台風で窓や扉が傾き、無残な姿で中はもう泊まれそうになかった。
ここから先は林道を歩けばいいだけと気が抜けていたら、道が流されて高巻きを強いられたり、高巻きし過ぎて別の林道に入り込んだり、スムーズにいかず疲れ果てた。無事に車へ到着。

大雪縦走を彷彿するかのような緊張で心身共に疲れたが、二人で相談し、判断し、計画通り歩けてとても良い経験となった。(佐藤あ)

  

 

カムイエクウチカウシ山~札内川七ノ沢左岸尾根 2018.1.5~1.8

カムイエクウチカウシ山 2018.1.5~1.9
CL李家、SL佐藤(亮)、シェフ志水、宇野(吉)、菅原、佐藤(あ)、星野(千)、他1

1月5日(金) 8:00中札内道の駅集合 8:45ピョウタンゲート着 9:25出発 11:50札内ヒュッテ
15:00七の沢出合~C1設営、元気な3人で上部のルート工作
1月6日(土) 5:00起床~撤収 6:40出発 14:15 1640mコル着~C2設営
1月7日(日) 4:30起床 6:30出発 11:10カムエク 14:00 1640コルC3着
1月8日(月) 4:30起床~撤収 6:30出発 12:30札内ヒュッテ 14:15ダムゲート前

今年のヤセ尾根登山隊は過去最多の8人。なんとか予定を合わせ、ガケ尾根からカムエクを予備日なしの4日間、ピストンでアタックすることとなった。
1月5日晴。
札内ダムまで車が入れる予定だったが、ピョウタンゲートで閉じており(年末の降雪で道道に雪崩の危険があったので閉じたとのこと)、残念ながら+3キロ、全長16キロの林道歩きとなった。今年の年末年始のカムエクは人気だったようで、下山中の2パティーとすれ違う。トレースがあるため初日はだいぶラクに七の沢出合に到着できた。元気なアスリート宇野・佐藤・星野氏の3人は翌日のルート工作へ行き、残りの5人でC1を設営。ルート工作隊は真剣なようでなかなか戻ってこない…。今回の志水シェフによるメニューテーマは「ガーリック&ジンジャー」で初日は牛すじ&ニラ鍋、9合の白米をペロッと完食。宇野さんが撃った鹿チャーシューなど贅沢な品々が並ぶ。
1月6日晴。
朝は一人餅3個入りラーメン。ガケ尾根を北側からスノーシューで取りつくが、急斜面なので先頭は空身でラッセルしてからザックを取りに戻ることにする。急斜面のササの上に積もった雪は保持力がなく、1歩進んでは2歩ずり落ちる・・・を繰り返し、ササを掴みもがき苦しみながらもじわりじわりと高度を上げていく。重たい荷物、深いラッセル、滑る足下の三重苦にあえぎながらも嬉しそうな隊員たち。だんだん尾根が顕著になり、左手にピラトコミ山、行く手にはふんぞり返りたくなるような猛烈なポコがいくつか待ち受けているのが見える。「あんなところ登るのかよ~」と内心思うが、実際行ってみると見た目ほどではない。ラッセルをどんどん交代し、更に尾根が細くブッシュがうるさくうんざりしてきたころ、Co1660のコルに着き、C2設営。1823峰、コイカクが見え、「日高っぽい」景色が目の前に広がり、素敵なテンバで満足する。元気な人たちで、雪洞掘りの練習。C2以降は軽量化のため雪洞にしたい菅原氏 vs 積雪量が心配なテント派複数で意見が割れ、結局多数決でテントを上げたが、1660mコルの雪庇には雪洞が掘れる十分な雪があったらしい。菅原さんゴメンナサイ…。晩ご飯は絶品酢豚と9合の黒千石ご飯を完食。鹿タン、手作りベーコンなど今日も豪華なつまみが並ぶ。だんだん風が強くなってきて、テントが歪みだす。テンバは携帯の電波が通じるので、スマホで天気予報を調べると、翌12時に一番風が強くなる予報なので、今日より30分早く起床し、お昼までに帰ってくる予定にする。
1月7日 曇/強風
強風で起床。谷から唸り音が聞こえてくる。一人餅3個入りラーメンを食べる。カムエク以前にこんな風の中、テントから出るの?と隊員たちの顔を伺うがどうってことないらしい…ビバーク出来るように、コッヘル、ガス、最小限の食糧を共同で、シュラフカバーは個人装備で持ち、意を決して外に出ると確かに瞬間的に突風が吹くとき以外はなんとか歩けた。ガケ尾根頭まで急斜面の猛烈ラッセルと崩れる足元にもがき苦しんで主稜線に立つと、尾根がキリッと細くなり、スノーシューからアイゼン・ピッケルに替える。微妙なトラバースや、1カ所岩を巻くと、大きいピラミッド峰が聳える。もっとキワドイかと思っていたが、雪が深いせいか?展望がないからか?、意外とすんなり越え、ピラミッドから先はカムエクまでの長い尾根をひたすら進む。風が一層強く、視界もなくなっていき、先行者との感覚を開けると足下のトレースが風で消されていく。歩いても歩いても着かないので、カムエクが大きい山であることを痛感する。11:10全員で強風のピークに到達。何も見えない山頂で記念撮影だけしてすぐに下山。午後を過ぎるとは一層風が強く、最大瞬間風速20m以上?。一瞬ガスが取れたが、カムエクは見えないままだった。必死でテントに着き、テントの周りにブロックを2重に置く。これだったら、ほんとに雪洞が良かったね…又々菅原さんゴメンナサイ。志水さんがテントに入り「久々に山でしばかれた」と言っていたが、まさにそんな感じ。男性陣も顔に凍傷を負っている。出発を30分早めたのは正解だった。最終日は揺れまくるテントの中で、前菜のチーズフォンデュ、メインのキーマカレー、9合のご飯をペロッと完食。隊員たちが余ったチーズフォンデュにおかきや鹿チャーシューなど投入し、これはイケると言いながら食べているが、シェフは不本意そう。存分に飲み食いし、最後の最後に宇野さんからホイップクリーム&ケーキのご褒美が出てきた。
1月8日 曇/晴/強風、下は無風
夜半に風は収まる予報だったけど、強いまま朝になる。予備日もないので、テントが飛んでいかないよう慎重に撤収し、スノーシューで転げるように下山。高度を下げると天気は安定し、緊張感がなくダラダラ歩く。何個目かの覆道でここへ来ても元気なアスリート3人は先行し、札内ダムまで車を持ってきてもらい、14時合流、ピックアップしてもらう。嵐山スキー場で温泉に入り、解散。
無事に全員でカムエクのピークに立ち、大変満足のいく山行だった。李家リーダー、個性的な隊員達のまとめ、ありがとうございました。(佐藤あ)

1月5日
 
 

1月6日
 

1月7日
 
 
 

1月8日

八の沢~カムイエクチカウシ山 2017.7.7~9

メンバー:宇野(吉)、宇野(ふ)、佐藤、渡邉(あ)
7/7 11:30札内ヒュッテ発 12:45七の沢出合 13:55八の沢出合 18:20八の沢カール着 
7/8 8:10カール発 9:45カムエク 11:15八の沢カール着 12:00八の沢カール発 15:00八の沢出合着 
7/9 8:45八の沢出合発 10:30七の沢出合 11:30札内ヒュッテ着 

カムエク八の沢、実に高校夏合宿以来23年ぶりとなる。当時は山を始めたばかりで、訳も分からず先生に連れて行ってもらった。コイカクまでの藪漕ぎも力任せに進み、体力を消耗した。水を飲み干し、体力、気力も限界を迎えたのも記憶に新しい。しかし、あの稜線から見た日高の山脈が私の人生を変えたと言ってもいい。
このルートを妻と再登することになるとは思いもよらなかった。また、素敵な山友と余裕の日程で焚火を囲み、語り合えるのも楽しみでならなかった。普段はタイトなスケジュールでせかせかしているが、たまにはゆとりを持って山を満喫するのもいいものだ。
初日はカールまでだが、人気ルートで踏み跡、巻き道は明瞭だが、雪渓の処理は注意が必要であった。カールはやはり別天地、天国に昇って来たかのような場所である。日も長く、安着祝いをしながらゆっくりと支度をして、今晩は佐藤さんのスペシャルディナー。肉が柔らかくておいしかった。
2日目はいよいよカムエクアタック。カールで一緒の2人パーティー、下からの単独行者を見送りながらのんびりと朝食をいただいてスタートした。稜線に上がるとコイボクカールには若い羆が雪渓を滑って遊んでいた。暑いのか何度も滑って、寝そべっていた。幸せを噛みしめながらカムエクピークへ。久々の夏のカムエク!南北が全て見える。今見ても高校生でよくこの稜線を猛暑のなか、コイカクまで歩いたものだと感心する。次は沢から登頂かな、などと思いを馳せながら下山を開始した。
のんびり八の沢出合まで下り、釣りを楽しむ。沢登りで釣りをするとは、ほとんど記憶がないほど久しぶりだ。オショロコマにカジカも釣れ、いい肴になった。焚火を囲んで今夜は夏合宿初日に先生が作ってくれた思い出のポトフを食べた。宴は夜まで続き、話に花が咲き、テントに入った記憶もないまま朝を迎えた。
ああ、もう下山日か。やはり3泊以上しないと山にいる気がしないというか、浄化されないというか、あっという間の気がする。途中、深みに飛び込み、遊びながら七の沢出合に到着した。のんびりゆとりのある最高の山行だった。 【宇野(吉)】

帯広市内の気温が30℃以上の快晴。体力の塊3人衆のザックは私のより遥かにヘビー級(殆ど宴会用品)なのにハイスピード。必死について行こうと頑張るが、さすがに辛く八の沢出合いまで途中クラクラした。出合からはロープやバイルを使う場面は無く、登山道のような巻道で、カール手前の雪渓が崩れそうで急なこと以外は問題なく登れた。軽アイゼンが必要だとすれ違った人からアドバイスをもらったが、上手くリーダーが巻いてくれたおかげで何事もなくカール到着。日が暮れ始めると寒かったが、下から吹いてくる生暖かい風が心地良かった。次日も暑く快晴。やんちゃな羆を遠目にあっけなくピークに到着し日高山脈の全貌が一気に見える。次回の山行について稜線を確認するが、厳しい稜線ばかりでぐったりしてくる。一気に出合まで下山し焚火を囲んで深夜まで宴会。時間に余裕のある山行は最高に楽しい。人気コースであるのが納得できる、充実した山行だった。途中すれ違った2組のおじ様の滑落や道迷いの話を聞き、単独では怖くて登れそうもないと力の無さを感じた。 【宇野(ふ)】

 いつも冬山でしか行ったことのない日高、それも以前から行きたかったカムエク。天候も良さそうだし、この機を逃せば次まで遠のく・・・と、仕事の休みを何とかもらい参加させてもらうこととなった。幸いにも下界の気温は30度を超え、良い避暑地ともなった。
 8日、札内ヒュッテからの自転車乗りはザックを背負いながらの運転。すぐの長いトンネルのなかは嘘のようにヒンヤリ!多少のアップダウンのなか急な坂や深い砂利でハンドルを取られそうなところは手押しで進む。ふみさんは前後に 籠の付いたママチャリ。普段は買い出しで食糧満載で走るのだそうだ…頼もしい。パンクしないことを祈りながら、7の沢出会いで自転車デポ。他に、自転車1台が放置してあったが、その登山者とも途中出逢う。
8の沢までは順調に渡渉しながらテン場に到着。2張のテントがあったが、その各持ち主とも登り中に会う。小休止後は8の沢カールを目指して一気に登る。途中、あゆみさんから荷物を少し持ってくれないか?とのことで引き受けるが、カール手前最後の急登では少々息を切らしてしまう。余計なもの(特にドリンク系3種類)を少し持ってき過ぎたか!と思いながら気付けばあっとい間にカールに到着。大根おろし風ロースステーキ、マッシュポテト、コンソメスープとビールで心身を労わる。
 9日、6時起床とのことになったが、すでに明るくなっていた3時半頃から目が覚め出す。その時、宇野君がテントから身を出し朝焼けを撮影。また入り、すぐに横になる。なかなかだな~と思った。さまざまな野鳥の鳴き声に耳を傾けながら起床。朝食はあゆみさん段取りのスープパスタと餅各3個を食した後、ゆるりと身支度をしてピークアタックを目指す。2組の登山者とすれ違いながら、ピーク間近というところで、宇野君が「あっ、熊だ!」と遠くの方へ指を指す。コイボクカール方面、500メートルは離れていたか。熊は悠々と実?を食べていた。そのままピークを目指しとうとうピークに!天候は快晴。日高山群を一望出来るほか、遠くは十勝岳連峰も見られた。冬山 では幾多の天候不良で遥か向こうの山々を見られなかっただけに、素晴らしい風景を見ることが出来た。記念撮影を終え、40分程ゆっくした後下山。もういないであろう熊はまだ滞在中だった。しばらく見下ろしていると、雪渓の上を歩きだした。滑って転んだ…と見続けていると、どうやら熊も熱いらしい。助走をつけてうつむせのまま大の字になって滑ったり、横にゴロンと回転したりと、見ているこっちまで楽しくなった。向こうも気付いたせいか?反対側へ一目散に凹凸、雪渓も気にせず走り下って行き、あっという間に見えなくなった。テント撤収後、そのまま下山。8の沢カール出会いでテントを張る。昨年夏の台風で大量に出たと思われる枯れ木を集め、太い木は宇野君の手鋸で2本に分けて切りそ れを土台にして火を起こす。少し時間があったので、宇野君と自分の竿2本で釣りを楽しむ。収穫はイワナとカジカ。それを宇野君がその辺の木の枝を鉈で鋭状に仕上げ、それに魚を串刺し炙って食したが、格別な味だった。夕食は宇野夫妻手製のポトフとデザートにはプリン。食後の夜も焚火に身を寄せ、有り余る(結局は余った)お酒と月明かりに照らされながら談笑を楽しむ。
 10日は遅く行動をとっても昼には着くのでゆっくりと朝食をすます。下山途中、ザックを下し滝壺ダイブを楽しみながら無事山行を終えることが出来た。
 宇野夫妻、あゆみさんから貴重な沢泊体験を楽しむことが出来た。宇野君の持っていた鉈、欲しくなってきたな~!【佐藤】

昨年計画したが、台風で通行止めとなったため一年越しとなった憧れのカムエク。男性陣のスピードが速く、ふみさんと近況報告…どころじゃなく河原歩きでバテバテ。途中、共同装備を元気な男性陣に託し、スピードをゆるめてもらった。雪渓、登山道のような巻き道を越え、八の沢カールに着いたとき、ひっそりと静かでまるで時が止まっているようで、天国に着いたかと思った。そんな場所で一晩過ごせるなんてこんなに幸せなことはない。アタック日、稜線から見たコイボクカールにヒグマがいた。カッパも食料も持たないで縦横無尽に日高を歩き回れるヒグマが心底羨ましい。カムエクピークでは国境稜線を頭に叩き込むことで忙しかった。北日高は大きく、どっしりとしている。南下する場合、ここまでは来れるだろうと思い嬉しくなった。南日高は遠くてあまり見えなかった。男性陣はビールを5ℓ持ってきていた。愉快な仲間達と日高の夏を満喫した。【渡邉あ】
 
 
 
 
 
 

十勝幌尻岳 2017.2.13-14

十勝幌尻岳
2017年2月13日〜14日

メンバー:双樹 他2名

最終民家(10:50)ーオピリネップ川出合(12:10)ー1472mポコC1(16:30)

C1(8:00)ー十勝幌尻岳ピーク(10:30)(11:00)ーオピリネップ川滑降ーオピリネップ川出合(13:00)ー最終民家(14:00)

雪洞泊を楽しみつつ、良い雪をロングに滑ろうと考えて十勝幌尻岳に行ってきた。
2日間の行程なので、初日はのんびりと集合。それぞれパッキングに工夫を凝らし、50ℓ程度のザックに装備をまとめている。今回は北尾根を登りオピリネップ川にスキー滑走する。全装で滑らなければならないので、装備の重さが滑りのポテンシャルに直結してくるのでみんなシビアである。
去年の台風の後の戸蔦別川林道の状況を把握したいという目論見もあったが、やはり被害は甚大だった。最終民家前に車を泊めて歩き出すと、すぐに大きく崩落している。その先も林道が跡形もない場所が多数あるので、よほどの大工事が入らない限りは車両が入れるようにはならないだろう。オピリネップ川出合の幌後橋は無事だが、渡った先で林道が抉られていて水流もあるので、ここの渡渉が一番厄介だった。
北尾根は比較的幅の広い尾根でスキーで登りやすいが、ずっと急登続きなので、雪質によってはスキークランポンが必須になる。東側の雪庇の張り出しに気をつけながら登り、1472mポコの下に雪洞を掘りC1。キムチ鍋をつつきながらの宴会が始まる。
2日目は頂上まで400m弱を残すのみなので気楽である。狙う斜面にはバッチリパウダーが溜まっていて、それぞれラインをイメージしながら登る。昨日の雪洞を掘りながらの観察でも雪の安定度は文句なし。良い光も入っていて、テンションが上がって行く。
山頂でゆっくり日高の山並みの一端を堪能してから、11時に1人目がドロップイン。
良いスプレーを上げて滑って行く。そして2人目・・・僕の番・・・文句なしの素晴らしい斜面だった。良い斜度が800mも続き、ずっとパウダー・・・日高はやはり、スキーフィールドとして最高だ。

斜度が落ちてからは同時滑走。左岸側の崩落箇所をかわすのに多少のカニ歩きはあったが、概ね快適に滑って本流林道戻り、そこからはシールをつけて歩き。
14時に下山となった。











トヨニ岳~ピリカヌプリ~ソエマツ岳 2017.3.17~20

CⅬ&食担:宇野(吉)、宇野(ふ)、渡邉(あ)

コースタイム
3/17 10:45 野塚トンネル横駐車場出発  雪のち晴れ
   12:15 稜線到着
   13:30 cont.1251m
   15:00 トヨニ岳南峰手前コル C1
   16:50 テン場完成
   21:00 就寝    

3/18  4:00 起床
    6:25 出発
    6:30 トヨニ岳南峰
    7:20 北峰 7:45 出発
    9:30 cont.1500m手前 Ω2 ここまでスノーシュー!
   11:00 雪洞テント完成 
スカイバー・ピリカ オープン 15:00閉店
   19:30 就寝    晴れ

3/19  3:30 起床     快晴
    5:30 出発
    6:30 cont.1338m
    8:05 ピリカヌプリ 8:35出発
   10:15 cont.1529m
   12:15 ソエマツ岳 12:20出発
   12:35 cont.1500m 休憩 12:55出発
   13:35 靴幅リッジ通過
   14:00 cont.1529m
   16:05 ピリカヌプリ 16:15出発
   17:25 cont.1338m
   18:20 テン場到着
   22:00 就寝    

3/20  5:30 起床     快晴
    8:00 出発
    9:25 トヨニ岳北峰
   10:10 トヨニ岳南峰 C1跡地で休憩 11:00 出発
   11:50 cont.1162m 12:00出発
   12:50 駐車場到着  
  
今回の山行は、女性陣二人が当初1泊で芽室岳に行く計画が発端で、私も諸々の都合をつけて3泊4日の行程となった。4日となるとかなり山の選択肢も増えたが、数年前の同時期に敗退しているピリカヌプリ、あわよくばソエマツも視野に入れた計画となった。3泊あれば悪天でも最低ピリカはアタックできるだろう!考えると積雪期のピリカ、ソエマツは日高全山以来の実に16年ぶりとなる。ワクワクしてきた。さらにT氏も行けることとなり、ますますテンションが上がる。
そして、出発3日前の14日、なんと妻がランニング中に足を痛めた。軽い肉離れだと思われるが、階段の上り下りも痛いと言う。うーん何ということだ。さらに、前日、T氏の体調が悪く不参加となってしまった。あゆみ嬢も妻がいないと不安のようで、こちらも独身女性と二人っきりというのもなんだか憚られる。一人で行こうか、テンションがた落ちだ!
とりあえず妻は行けるところまでということで、3人で入山することになった。予想通りトレースは高速道路と化しており、途中雪模様にはなるが1時間半で快適に稜線到着。幸先がよい。前回はトヨニ手前の岩稜帯で強風撤退となったが、今回は全く問題なく通過。予定どおり、トヨニ岳南峰手前で半雪洞テントのC1とした。妻の足も何とか問題なさそうで一安心。初日はジンギスカンをおいしくいただく。雪も止み、山々が月明かりに照らされている。ああ、やっぱり山はいいなぁ。
二日目の行程は結構迷っていた。ピリカの手前で早めに幕とし、ソエマツにロングアタックをかけるか、ピリカを越えて翌日のアタック後、再度ピリカを越えてトヨニ近くまで戻るか。しかし、妻の足や、全装で二回ピリカを越えることを考えると日帰り装備でロングアタックの方が無難だと判断してcont.1500mポコ手前にC2とした。なんとここまでスノーシューで来てしまった。まだ、9時半、時間もたっぷりあるし、2泊するので雪洞テントとすることに。1時間半で完成後は天気も良くポカポカのなか、バー・ピリカを開店。明日に備えてパワー温存。山脈を見ながら最高の贅沢、後続パーティを高みの見物で冷やかしながらついつい飲み過ぎてしまった。正月山行の二の舞になるか、気が付くと晩御飯の極上カレーができあがっていた。カレーは最高だが、気持ちが悪い。プリンもおいしくいただき、明日のために早めに就寝。
三日目も最高の天気、隣のパーティが先に出たので、ありがたくトレースを使わせてもらった。ピリカはどっしりと構え、さすが日高の標高差である。アップダウンを幾度か越え、頂上直下は稜線上とは思えない急傾斜だ。2時間半でついにピリカヌプリ山頂!あゆみ嬢は号泣している。なんという景色だ!北はカムエクの向こうまで見渡せ、日高の核心が全て丸見えになっている。これだから日高はやめられない。やはり格別だ!
そして、妻から「ソエマツ行きたい人ー?」との声が。何ということだ、今山行自体も危ぶまれた張本人からこの発言。しーーん・・・。あゆみ嬢はここで満足か、私はリーダーとして考えるとソエマツ往復は厳しいか。しかし、妻の「今行かないと一生行けないかも知れない」のもう一声で決意。とりあえず行けるところまで、行くことにした。時間はたっぷりあるし、確かにこの快晴無風の状況でここでひきかえすと間違いなく後悔する。最悪、妻は私が背負えばいい。いざ、ソエマツへ!久々に山に呼ばれている気がした。
全山以来でコースの状況は全く覚えていなかった。途中にはクライムダウン、靴幅リッジも現れ、妻の足も怪しくなってくる。当初3時間、11時をリミットにしていた行程だが、どんどん時間が過ぎていく。頂上手前で妻がついに音を上げ、ここで待っていると言う。しかしここまで来て諦めるとは何事か。妻の荷を置いていくことにして、ついにソエマツ頂上へ、またしても、あゆみ嬢は号泣、神威岳は貴婦人の佇まいで聳え、カムエクも随分と近く見え、ソエマツ沢は頂上直下まで噂に違わぬ威容で深く切れ込んでいる。最高の頂上だ!来てよかった!帰りはヘッドランプになりそうだが、そんなの関係ない。
とはいうものの景色を頭に焼き付け、早々に下山を開始。妻の足は悲鳴を上げ出し、痛み止めとテーピングのお世話になることにした。これが、功を奏しゆっくりだが休みなく、歩を進めることができるようになった。靴幅リッジ、アップダウンはできるだけ巻いていく、危険個所を過ぎ、ピリカへの登りをあゆみ嬢に譲ると頼もしくどんどん高度を上げていく。なんと素晴らしい体力だ!結局、復路も同タイムでピリカ頂上に到着。危険個所は頂上直下の急な下りのみだ。ここであゆみ様は先ほどの勢いを失い、馬車馬から小鹿に変身。妻はすたすたと下りていく。やはり経験の差か。しかし、最低コルからあゆみ嬢はまた解き放たれた馬車馬と化し、鬱憤を晴らすかのごとくすごい勢いでテン場まで登り返していた。十勝側は夜の帳に包まれはじめ、ピリカは赤く燃え上がり感動の世界を繰り広げている。このタイミングでこの場所を歩けるなんてそうそうないだろう。幸せを噛みしめながらギリギリヘッドランプは免れ18時半、我が家に安着した。さぁビールを飲もう。
あっという間に余韻に浸った夕食も終わり、就寝。明日で下山と思うと寂しくなってくる。メンバー二人はすっかり神威岳の虜になってしまい、会話が弾んでいる。
四日目、下山日であるが今日も快晴無風、何と恵まれたこの4日間。トレースもバッチリで稜線も昨日とは打って変わり優しい。途中C1の半雪洞でゆっくり日向ぼっこする。駐車場までは稜線から30分ちょっとで着いてしまった。無事下山!お二人さん、よく頑張りました!次はどこ行こうかな? 【記:宇野(吉)】

数日後にリベンジ山行を控えているのにロングランで脚を痛めてしまう。(軽い肉離れ?) 迷いながらも共同装備を託し参加を決意。感謝です。甘やかしてくれた2頭のばん馬様。稜線までを目標にしたが、予想以上に快調に進める。なんとピリカ頂上まで順調に来られた。快晴微風。安定した天気。こんなチャンスは無いと悟った私は、ソエマツからの神威岳の姿、南側からの圧巻すぎる中部日高を見たいという欲の塊になった。脚の痛みがひどくなっても、引きずって歩けるはず。日が落ちてもヘッドランプがあるから大丈夫。沸々と湧いてくる変な確信。ピリカ山頂で十分ではないかと悩むばん馬たちに「行こうよ!行ける!」問題児からの発言に心中苦笑していただろうなぁ。ピリカ~ソエマツの稜線はボスばん馬がいなければルートの見極めが難しく、緊張する箇所が幾つかあった。瞬時の判断、さすがと言うしかない。いつもながらのナイスなガイドをされては、下界で文句も言えなくなってしまうではないか… いよいよ目前に迫るソエマツ山頂手前で、急激に痛みが出始めた。振り返ると長い復路。ピンチだ。今更焦り始め泣きたくなってくる。応急措置としてロキソニンと太ももにお相撲さんのようなテーピング巻きをしてみる。凄すぎる。使った事がないので軽く考えていたアイテムだったが、この二つが欠けていたらと今考えると凍りつく。マストアイテムに昇格。そして念願のソエマツ頂上へ。声も出ない程の迫力ある景色。南、中部、北日高。エリアによってこんなにも山容が違うのかと感激している横で、可愛いばん馬ちゃんは叫んでいるのか泣いているのか分からない興奮状態。そして恒例の山への語り掛け。ドウドウ。日高愛が強すぎるばん馬ちゃん。いつか全山縦走に挑戦するのではなかろうか。C2まで奇跡的にヘッドランプに頼ることなく帰ることができ、有り余るお酒で安着の乾杯。安堵でどっと疲れが出た。

・今回の装備:シュラフは真冬用で良かったと思う。濡れる心配は無いので防寒着はダウンに。行動中の水は0.8Lのテルモスで余った。手袋はテムレスデビュー。勢いのあるアルパインクライマーの間でも使用者多数らしい。雪洞作りの際にも濡れず私もテムレス仲間に入れてもらいます。サングラス無しの登山者がいた。多分雪目で大変な事になっていたと思う。また、ヘルメットにピッケルというスタイルの若者がいたが、何故にヘルメットか分からなかった。ストック無しでは辛すぎだと思う。スノーシューでトヨニまで問題なく行けた。 【記:宇野(ふ)】

予報では強風予報だったので、ソエマツどころかピリカにも行けずに撤退するのだろう・・・体調も低迷気味。ハードな山行をこなせる自信もなく、強風の中、ナイフリッジなんて歩きたくない・・・停滞して宴会の方が好都合、シメシメ・・・と思っていたが、天気予報は大きく外れ、4日間快晴無風の稜線を満喫してしまった。
下界での弱音は何処へやら、ザックを背負って歩き始めると何故か底力が湧いてきて、食欲も旺盛で二人に褒められるほどモリモリ食べ、天気にも後押しされイケイケ・ドンドン状態。自分の足取りと思えないほど好調にナイフリッジも超えることが出来た。(ピリカの下山は情けないほどビビッてたけど)
ソエマツの山頂は、「これが中部日高だ、とくと見ておきなさい」と言われているかのように穏やかに出迎えてくれ、そこから見る日高の核心部の白い峰々は、あんな鋭い稜線を人が歩くことが出来るのだろうか?しかもあんなところまで辿り着くのに一体何日とどれだけの体力が必要なんだ?私には一生無理じゃないか…と諦めたくなるほど、犯しがたい遥かなる領域だった。そして、今自分が立っている場所が今までで一番山深い場所であることに猛烈に感動した。
去年の夏に登った1839峰が「よくここまで近づいて来たね」と優しく微笑んでくれているようで親しみを込めて手を振ったが、目の前の神威岳が無言の冷笑を浮かべ「登ってこれるものなら来てみなさい」と威圧感を与えてきて、今の自分には太刀打ちできない怖ろしく大きな山だと思った。そして、日本にこんなに綺麗な山があるのか、と思うほど美しい山容だった。
今回の山行で、吉彦さんから冬山の所作を改めて1から教えてもらい大変為になった。また吉彦さんの現地でのパーティの状態を把握しての判断は完璧で、私たち二人を安全に山頂まで導きBCに帰してくれた。長年の経験から出来ることなのだろうが、日高の山々から特別に可愛がられ、守られ、山から先の出来事を透視させてもらっているかのようなプランニング、完璧なリーダーだった。日高の申し子…桃から生まれた桃太郎ならぬ、日高から生まれた日高太郎・・・そんな日高太郎氏の夫人ふみさんは、旦那様よりもワイルドで気持ちが強い。肉離れでもソエマツに行きたいなんて、そんなガッツがある姐さんを止めるわけにはいかない。とんでもない夫婦に付き合わされたが、いつも最後のツメで逃げてしまう私はこの二人とじゃないと一生ソエマツは遠い山で終わっていたと思う。そして、毎晩テントでお腹を抱えてゲラゲラ笑った宴会は最高だった。とても感謝しています。
やっと少しずつ日高山脈の地図が頭で縫い合わせることが出来始め、尚更面白く、夢中になってきた。そして次の明確な目標が見えた。国境稜線を繋げること。神威岳を超えてペテガリへ!!【記:渡邉(あ)】



 








 

3/17 晩:ジンギスカン&ホルモン、白米
3/18 朝:餅3個入り雑炊 夜:6時間煮込んだ絶品カレー、海藻サラダ、プリン
3/19 朝:餅3個入りラーメン 夜:ベーコン・野菜たっぷりスープパスタ、マヨコンビーフマッシュポテト、プリン
3/20 朝:餅3個入りチキンラーメン
三晩のお酒:ウィスキー、日本酒、梅酒、ピール500ml×4本etc

トヨニ岳左股沢 2016.9.28

メンバー:L宇野(吉)、渡邉(あ)
タイム :7:40林道入口発 8:30 Co530二股 11:20トヨニ岳 14:45林道入口着

下流は台風による石雪崩や倒木が凄まじかったが、Co600m位から上部は影響は少なく一安心。
雨・強風の予報で晩秋ということもあり、冬用のアンダーウェアを着ていたが、ガスってはいたものの雨も降らず気温も高めで、ラッキーな一日だった。
日高の沢デビューとなったが、川原歩きを終えると一気に傾斜が強くなり、沢幅も狭く、滝を登って見えた次の景色はまた滝・・・また滝・・・日高の急峻な地形が見て取れ、これが日高か~と生唾を飲むような感じ。こんな沢を詰めなければ夏のピークに立てない日高の山々が更に崇高で魅力的に感じるようになった。
ただし、面白さでアドレナリン爆発・・・ではなく、高度感はこのくらいでお腹いっぱい・・・という初戦であった。泳ぎの沢では元気なんだけどなあ・・・。吉彦様、沢シーズン大変お世話になりました。(記・渡邉あ)

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ベッピリガイ山 2016.9.19

ベッピリガイ山(1307.3m)
2016.9.19
メンバー 芳澤,他1
タイム
6:42 連絡路P→8:15 峠→8:45 ベッピリガイ沢出合→8:59 c530取付→10:07 c825ポコ→12:02 山頂 12:18→13:57 ベッピリガイ沢出合→14:34 峠→15:40 P

車止めから沢へと下っていくと正面にニシュオマナイ岳(1493峰)。ニシュオマナイ川の徒渉は水は多目で、先の林道にも水が溢れていた。連絡路の倒木は前回と変わらない印象、台風の影響はさほどでもなかったのかもしれない。峠直下の詰めの泥壁は降雨のせいでズルズル。残置がなければ、難しかったかもしれない。峠を下っていくと複数の重機の音が鳴り響き、集材作業中のようだ。c504を経由せず、真っ直ぐ土場を突っ切ってベッピリガイ沢に当てる。右岸には立派な作業道が奥の方まで続いている。
さて本体の登りはc535左股南面沢も考慮してきたが、とにかく気温が低く濡れたくない。そこでヤブ尾根でトライすることとした。途切れ途切れの鹿道を繋ぎ、c825へと向かう。笹はそこそこ濃いが細く、背丈もそれほどでもない。c825からは比較的明瞭な鹿道登山道である。c1270付近で稜線に上がると鹿道は途絶える。山頂は目の前であるが、ここからは這松と笹のミックスヤブである。右へ右へと進み、北側急斜面の際が登りやすかった。ヤブに覆われた狭い山頂には三角点がある。シビチャリ~1839~ヤオロ~ルベツネ~ペテガリ~(早大尾根1463峰~1483峰~留取…多分)~中ノ岳~1445峰~神威~ピリガイ…こんなに近くにグルッと見渡せる山もそう多くはないだろう。展望の山だ。労苦の対価としては十分だった。1時間半で一気に下る。ここから怠い…ペテガリ山荘まで車で入れる日はこないのだろうか…
三石道の駅まで下ると、ほんのりピンク色に染まった日高山脈に見とれる。写真では切れているが、1839~ピリカヌプリまで。それだけでもすばらしい道の駅だ。温泉も併設している。大絶賛!      Y澤

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ニシュオマナイ岳               ニシュオマナイ川
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詰めのドロ壁                 ベッピリガイ沢右岸作業道
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ルベツネ~ペテガリ               早大尾根(1463、1483、留取)?~中ノ岳
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ペテガリとY                          神威岳
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中ノ岳~1445峰                 シビチャリ~1839(雲)~ヤオロ(雲)
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ピンネシリ~アポイ                      ピリガイ山
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三石道の駅から、色づく日高山脈。ペテガリ~ソエマツ

アポイ岳~吉田岳~ピンネシリ 2016.9.18

アポイ岳(810.2m)~吉田岳(825.1m)~ピンネシリ(957.7m)
2016.9.18
メンバー 芳澤,他1
タイム
5:33 登山口P→7:58 アポイ岳→8:54 吉田岳→10:43 ピンネシリ 10:54→12:22 吉田岳基部→13:07 アポイ岳→14:49 P
日高の縦走をもくろんだ3連休であったが、相次ぐ林道崩壊。ならばと神威山荘を起点にいくつかの計画を持って現地入りするも夜半からの降雨。日高山脈は分厚い雲の中だ。すっかり意気消沈し、アポイへと転進した。12年振り3度目のアポイ。良い機会なので、ピンネシリまでピストンすることにする。過去2回は冬島新道からだったようだ。現在は3コースのうち、冬島旧道しか通れない。昨年、ユネスコから世界ジオパークに認定されたとのことで、随所に立派な案内板が設置されている。花の山アポイはこんな時期でもそこそこ花を見ることができる。気持のよい森林帯を抜けるとc382で尾根にのる。避難小屋のある五合目だ。ここから既に高山の雰囲気が漂い、間もなく這松が現れる。自然環境の厳しさを窺い知る。森林限界を超えたはずなのに山頂部は再度森林に覆われる。不思議だ。十勝側からはガスを伴った冷たい風が吹き付け、雨も混じる。初めての吉田岳を越え、一旦690m付近まで標高を落とす。そこから約270m登り返すとピンネシリだ。雲の中で何も見えない。とっとと引き返す。標高的にはピンネシリが高いが、アポイ~吉田あたりの方が高山色が強い。やはりこの山塊の主役はアポイなのだ!     Y澤

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神威岳(北) 2016.8.13

北日高・神威岳(1756.3m)
カタルップ沢~北尾根下降
2016.8.13(土)
メンバー 芳澤、他1
タイム
7:10 7号堰堤P→7:25 入渓→8:48 970F1→9:35 1150F2→10:36 F4→12:06 神威岳 12:46→14:14 1348→16:16 林道出合→16:40 P

幸運にも7号堰堤広場まで車が入る。エサオマンにはすでに数台の車が止まっていた。カタルップ橋から覗くとすでに滑だ。右岸から滑に降り立つ。滑ると評判のこの沢、まずはチェック。確かにヌメヌメではなく、ツルツルだ。1時間強、ナメ、小滝、小釜を次々超えると幅の広いF1だ。とりつくもあまりにも水が冷たく、早々に左岸草付きから巻く。1030二股は目指す右股の方がやや水量が少なく、狭く感じた。念のためコンパスをきる。1140明るく広い開放的な地形に長い滑滝のF2、慎重を期して右岸ルンゼから上がるも草に隠れていたスラブのトラバースに気を遣う。1200を超えると狭いルンゼ状の小滝が数段続く。すぎてしまってから、ん?今のがF3か? ガレ沢の奥にこの沢最大のZ型のF4が待ち構える。近づくとさほど立ってなく、落口直下まで中をいき最後は右脇の岩から抜ける。これを過ぎるとなにもなく急なガレの下に水流が1650まで続く。やがてヤブとなるも薄く、鹿道なのか踏み跡なのかを辿り、ハイマツをほんの少し掻き分けると三等三角点が埋まる狭い山頂だ。幌尻、戸蔦別、67、ピパイロ、伏美、妙敷。札内、エサオマン、ナメワッカ、イドン。下界の曇り空が嘘のように青く突き抜けていた。     Y澤

1 2 3 4
                  F1
5
 6
1030二股                   F2
7 8
F2最上部                   たぶんF3
9 10
F4                      F4下部
12  13
ガレ                     幌尻~戸蔦別を背景に
14 16
三等三角点『神威岳』
17 18 19 20

ペテカリ 2016.7.16-18

ペテガリ岳(1735.8m)西尾根
2016.7.16-18
メンバー 芳澤、出嶋、近藤、大屋、谷岡
タイム
7/16 ペテガリ山荘まで 
11:17 P→12:56 c650峠→13:29 c504ベッピリガイ沢 13:47→14:55 ペテガリ山荘
7/17 西尾根ピストン
4:37 山荘→6:31 1050→7:56 1293→9:39 1220コル→11:15 ペテガリ山頂 12:05→12:58 1220コル 13:12→14:58 1293 15:16→16:22 1050→17:51 山荘
7/18 山荘からP
6:19 山荘→7:41 ベッピリガイ沢 7:50→8:27 峠→9:56 P

【初の日高山行】  谷岡
 北海道にいる間にいつかは奥深き日高の山にと思っておりましたがこの度ペテカリの山行のお誘いがあり、その夢が早々と実現しました。
日高の山はとにかく長い、タフ、という印象があり、参加を決めた日からは走り込みで体力をアップし当日に備えました。 初日のペテガリ山荘までの3.5時間の行程では走り込みでは付不足していたザックとの重さに少し苦労したものの無事山荘に到着。
森にたたずむペテガリ山荘はおしゃれなデザインと各種の設備が素晴らしく、また、野外で食べる晩御飯のすき焼きは格別で翌日の登山にベストな状態で備えることが出来ました。
翌日のペテガリ登山では高曇りで空気が澄み良いコンディションで登山に挑むことができました。が、しかし、ペデガリの行程はやはり長い!! 山頂が見えてからもこれでもかと言う位のアップダウンの多さ、そして山頂直下からの直登では遂にスタミナを奪われてしまい体力もまだ少し不足していたのは反省点でした。
しかし、そんな苦労して登った山頂からの風景はやはり格別で、日高の山は大雪系の山々とは異なり森深き山で緑の自然を感じさせてくれました。
また、帰り道ではヒグマの威嚇声を聞くというハラハラ体験もあり、これもまた貴重な経験でした。今回の山行は5名で長い時間行動を共にすることで色々な会話や山行での技術等々情報交換もでき、これもまた良い時間であり、山の経験値が上がった気がします。

あまり予習が出来ていませんでしたが、無事登山の終えることが出来たのもメンバーのお蔭であり、企画した頂いた芳澤さんとメンバー方々に書面にて感謝申し上げます。

【10年ぶりのペテガリ】  近藤
ペテガリはアイヌ語で「回遊する川」という意味らしい、大正2年1913年柴崎芳太郎が設置した二等三角点は「辺天狩岳」になっている。彼が初登なのかもしれないが、昭和7年8月、慶応大山岳部の齋藤貞一が初登とも書かれている。この時は沢を詰めて1839を登り、ヤオロをまわり10日間かかり登っている。
私がペテガリに始めて登ったのは、2006年5月、今から10年前49歳のときだった。野塚峠からはいり~ソエマツ~神威岳~中ノ岳~ペテガリと縦走の最後の山だっただけに、なんとしても登りたいという気持ちが強かった。ペテガリに登れるチャンスはなかなかないと思っていたのでなおのことだった。夜中12時に起きて、ヘッドランプをつけアイゼンで中ノ岳をこえペテガリの頂上を踏んだのは10時過ぎヘロヘロになりテン場にたどりついたのは午後6時だった。
今回、ペテガリに登って自分がたどったルートを見られたのと、ヤオロからルベツネをとおってペテガリにというコースは縦走していないので、そのルートをまた見てみたいという願いがかなった。
7月のペテガリは緑の山、ダテカンバの白さと緑の葉の美しさにためいきがでた。急登といわれるペテガリの西尾根のアップダウンには二山、三山登り下りした感じだ。真っ正面にドンとかまえられとその大きさに、日高の代表にふさわしい男前の山に見えた。
山ではめずらしいことに、女性に会わなかった。7月は花の季節ではないので、女性はもっと早い時期にくるのかなと思った。苦しい登りの途中、あわいピンク色のシャクナゲの花弁が美しかった。
頂上から見た日高の山々、山が濃い藍色から薄墨色にかさなり見える様は水墨画のようだ。遠くは幌尻がみえるはずと思いながらも、山の名前がわからないもどかしさを感じた。ルベツネが大きく立派にみえた。1839、ヤオロも雲海の中美しい姿で私達を楽しませてくれた。
この10年、何度も計画を考えては実現できなかったペテガリ、体力がなくなってあきらめかけていた私をメンバーにいれてくれた仲間に感謝です。運転してもらい、重い食材は背負ってもらい、本当にありがとう。食事や宴会、メンバーの楽しい会話も最高でした。

初日
既に10台ほどの駐車があった               歩き出してすぐにニシュオマナイ川に出合う
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第一の徒渉                          峠越えルート。唯一の滝。左手前から巻く
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滝の上は苔むすチョロ沢                  ベッピリガイ沢出合
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橋からペテガリ沢上流方向                 安着を祝う!
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タモギと山菜王                        シェフD。豪華スキヤキ…こだわりのタレ
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2日目
さて行こか!                          見事に刈り払われており、漕ぐところなどない
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1050で視界が開ける。遠くピンネシリ~アポイ           チラッとペテガリの頭が覗く
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まだまだ遠い                          中ノ岳~1445~ベッピリガイ
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左手にシビチャリ~1839~ヤオロを見ながら進む   1301手前から、ペテガリが大きくなる 
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西沢アップ                        ペテガリとY             
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山頂直下、最後の直登                   看板と三角点(二等:辺天狩山)
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ついに来た!                         ひたる
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中央やや右に中ノ岳。奥左はソエマツ・ピリカ方面   ヤオロマップ川を埋める雲海P7170032 - コピー P7170036 - コピー
遠く中央にポンヤオロ                    Aカール
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ルベツネへと北上する主稜線               昨年辿ったヤオロ~39を思い出すY
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3日目
帰りの朝  最後にペテガリ山荘と            ここまで来たら、車は目前。温泉行きましょう!
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2016.7.17 チロロ岳

メンバー:CL渡邉(あ)、矢野、宇野(ふ)
タイム :登山口7:30 乗越尾根9:30 チロロ本峰11:20 西峰12:30 乗越尾根13:45 登山口16:00

3人とも待望?!の初チロロへ。
旭川組は登山口にテン泊、帯広からのふみさんとは当日登山口で落ち合った。
天気は曇り、沢靴で入渓。
ピンテが要所要所に付いているので、その通り左岸・右岸の渡渉を繰り返す。特段記すべき難所もなく順調に高度を稼ぐ。後ろを振り返ると、糠平岳らしい山が見えたが、雲は下がってきている。上からの展望はなさそうだな~。
徐々に傾斜が増し水が枯れてきたころ、前日にチロロのコルにテン泊したという札幌からの9人ものハイミドルエイジ大集団とすれ違う。なんの合宿だ?!そのうちの一人のハイミドルは背負子にスーパーの買い物カゴをそのまま積むというなんともワイルドなスタイルで、その中に様々な宴会用品が入っているのが見えた・・・気合いが違う!!登山ではなく、チロロに宴会をやりに来ている!!!目的を遂行するため、イマドキのスタイリッシュなスタイルとは真逆の、合理的な出で立ちにひどく感動していた。それをガン見していた私の気持ちをふみさんは察したのだろう。ふ「グッときたしょ?」あ「グッと来た・・・」。さすがわかっている。
乗越尾根で沢靴をデポし、各自登山靴・トレラン靴に履き替え二の沢へ下る。
二の沢入渓直後、ヌメルー!!滑るー!!突き指したー!などと一騒動。これなら二の沢雪渓まで沢靴で良かったね…と皆同じ意見。ほどなく、二の沢は雪渓で埋まり、滑落に注意しコルへ向かう。まず、ハイマツをかき分け踏み跡を辿り本峰へ。ガスで展望なし。残念だけど仕方ない。去年、糠平岳から見たあなたの美しい双耳峰は目に焼き付いているよ、と思う。本峰がハイマツ帯だったのに対し、コルから西峰まではたった30分程度の道のりなのに、なんと25種類以上!!の高山植物が見ることが出来た。なんという密度の濃さ。特にシナノキンバイがピークを迎えていた。こんなに高山植物に癒され優しい気持ちになった日高は初めてだよ~。チロロよ、ありがとう。
はじめてチロロへ行かれる方は本峰と西峰では趣きが全く違うので、是非西峰にも足を延ばされることをおススメしたい。
下りは、登り時は全然気づかなかった巻道を多数利用し、霧雨の中無事下山。
矢野さんに、2人とも山行中全然食べないんだね、と言われた。今回はお試しに炭水化物抜き、ジェルで栄養補給という課題を課したけど、意外と大丈夫だった。荷物が軽かったからだろうか?より身軽に動けるよう色々研究していきたい。 記:渡邉あ

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2016.7.1~3 コイカクシュサツナイ岳~ヤオロマップ岳~1839峰

2016.7.1~3 コイカクシュサツナイ岳~ヤオロマップ岳~1839峰 追悼山行
メンバー CL宇野(ふ)、渡邉(あ)
コースタイム 7/1 11:00コイカクシュサツナイ川出合 12:45上二股 17:30コイカク頂上(C1)
7/2  4:30 C1出発 6:15ヤオロ頂上 8:45 1839峰 11:30 ヤオロ頂上  13:50 コイカク頂上(C1撤収)  16:00 1305m(C2)
7/3 5:30 C2出発 7:45 上二股 10:30 札内川ヒュッテ駐車場

7/1 晴れ20℃位 札内川ヒュッテ駐車場には10台位の車。ゲートをくぐりコイカク登山口へ15分程で到着。入渓。水は少なく歩きやすい。砂防ダム、2つの函を順調に巻き、スカイラインを眺めながら上二股到着。他に沢靴もぶら下がっていなく始終貸し切り山行となる。水は2人合わせて15L。多いと思ったが結果的にはギリギリの量だった。結局雪渓も無くここでしか補給は出来なかった。私のザックは50Lで18㌔位だが相方は70Lザックがパンパンだ。当然私よりかなり重い。申し訳ないので「もう少し持つよ」と言ってみた。「トレーニングも兼ねているので大丈夫。これ位何ともない。」何という男前。コイカクの急登をトレーニングなんて。私とは出来が違い過ぎる。そして追いつけない程の勢いで登る後姿は素敵すぎた。おかげでこの苦行の急登も久々すぎる泊り山行にウキウキしている気持ちが折れずにあっという間にコイカク頂上、設営。見える!気が遠くなるような稜線。そして堂々たる1839峰。鳥肌が立つほど素晴らしい景色に相方は興奮し過ぎで泣きそうだ。いつまでも眺めていたいが体が冷えてきたため早々にテントへ。乾燥野菜の鍋ととうきびご飯に心身暖まる。スマホで天気予報を確認すると、明日は9時から雨で、午後から風も強くなるため、早起きして9時までに1839峰に到着しよう、早めに振られたらヤオロまでと相談し、就寝。
7/2 天気予報では朝から曇り予報。風もかなり強くなる。しかしテントから顔を出すと晴れて無風。一気にテンションが上がる。アタックザックで身軽になった相方はまるで解き放たれた馬車馬。待ってよ~。ヤオロの窓を越えふと前を見ると数m先のハイマツがゴソゴソと揺れる。一瞬背筋が凍りつく。ヤオロ頂上までの稜線上に熊が爆走。時々立ち上がってこちらの様子を伺っている。「おじゃましています!」叫ぶ相方。ちょっとだけお庭を散歩させていただきます。私も心の中で叫ぶ。感動して涙が出てきそうだ。1839峰に少し雲がかかっている。まだ無風で少し曇っている程度。目標のヤオロに到着したが二人の心は決まっていた。「村岡さん、行きます。ザンクよ、登らせてください。」二人で叫びながらいざ出発。途中フレッシュな熊糞に目もくれず黙々と歩き続ける。村岡さん現場付近で合掌。もうすぐ12年。見守っていて下さい。急峻なアップダウンにうんざりしてきた頃にいよいよラストの岩場、頂上へ。また来られたことに感激する。相方は恒例の看板抱きしめ「あなたに会いに来たんだよ」と語りかけ。私も真似してみる。天気はまだ崩れていない。早々に下山する。ヤオロで雨にあたるがすぐ止む。私達ツイてる。テン場に戻りホッと一息し撤収。今日はC2を1305mまで下げることに。下り始めた頃ついに雨が強く降り出し1305mに着いた頃は風も強くなる。全ての行動時間がギリギリだったことを痛感。幸運だった。
7/3 雨の中撤収したが二股に着くころには晴れてきた。増水が気になっていたがそれほどでもなく一安心。膝上までの渡渉を何度かしたが問題なく出合に到着。山から遠ざかっていた身体には堪えた。一方相方は、「もう終わっちゃった」と嘆いている。日高に魅せられしまった彼女の相手は大変だ。次はどこへ行こうかとドキドキしてきた。 記:宇野(ふ)  

コイカクの沢を歩きはじめてすぐ頭が山モードに切り替わった。ふみさんと三日間も日高に居れること、これから見れるであろう稜線からの眺めを想像すると身震いするほど嬉しく、久々に邪心が入り込む余地がないくらい集中し、アドレナリンが溢れ出る感覚になった。
コイカクの登りはふくらはぎが張ってくる程の急登だったが、たまに緩い斜度になると、「私は早く稜線に上がりたいんだよ!もっと斜度をちょうだいよ!!」と思うほどアドレナリン・フィーバー状態。そして歩きながら、中札内の最後のコンビニでトイレを借りに立ち寄ったのに、何故かビールを買い足し持ってきた自分に賞賛を贈った。
稜線に上がると良い風が吹いていた。今の私には布団に入る瞬間よりも、美味しいご飯を食べている時よりも、風に吹かれながら山の稜線を歩いている瞬間が、どんなときよりも幸せに感じる。
コイカクピークにC1を設営し終えた頃、雲がどんどん下がっていき日高山脈の稜線が続々と見えてきて、まさに私たちに見せてくれるかのような天空のショーが幕開けした。高さはないが一段と細く聳える中部・南日高、西日がさし急斜面のハイマツのドレープが美しく波打つ。湧き出る幻想的な雲、今ここにいるのは私達だけという贅沢を噛み締める。ただ、正面には1839峰が独特のシルエットで聳え、無言の威圧感を与えてきて心が安まらない。明日、ほんとにあんなところに行けるのだろうか。はっきり言って自信はない・・・。
天気が崩れる予報に変わったので翌日の行程にリミットを決めたものの、朝テントから出るとまさかの快晴。ヤオロの稜線にはヒグマがいて、夢のような光景に出会えたことに二人で大興奮した。短い手足を一生懸命伸ばし稜線を駈け上がっていくキムンカムイの後ろ姿は一生忘れないだろう。
ヒグマからパワーをもらい一気にヤオロまで爆進。2人の歩みのペースは乱れることなく雨が降る予報の9時前にはしっかり1839峰に着き(あれだけ辿り着けるのだろうかと恐れていたが、ガスっていたせいもあり、あら着いた、という感想)、村岡さんの追悼。先輩方が1839峰のことを「ザンク」と言うのが玄人のようで物凄くカッコイイので、私もこれからは生意気ですが「ザンク」と呼ばせて頂きますとご挨拶する。C2もCo1305まで早いうちに下ろすことが出来、案の定、二日目の夜の風は樹林帯でも凄まじく、もし稜線上からテントを移していなければ洒落にならない事態になっていたと思った。
その場で臨機応変に判断しそれを実際に行動に写し、全ての工程を二人で達成できたのは嬉しく、自信へと繋がった。
ふみさんは山ではお酒は殆ど飲まないが、下山後ニヤニヤしながらプロテインを飲んでいた姿はやはり常人ではないと思った。これからもパートナーとしてお互い高め合い、私達らしい山行を続けていきたい。記:渡邉(あ)

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1305テン場
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